こんにちは、和花人のMIHOです。
紙雛や草雛の由来を知ると、雛人形はもともと
- 流され
- 残らず
- 祈りを託す
とても静かな存在だったことが分かります。
ところが、時代が江戸に入ると、雛人形は大きく姿を変えていきました。
「きらびやか」
「豪華」
「競うように飾る」
そんなイメージが定着したのも、実はこの江戸時代なのです。
江戸時代、雛人形は「飾る文化」へ変わった
室町時代までは、雛人形はまだ
- 祓い
- 行事の一部
という性格が強く残っていました。
しかし江戸時代に入ると、
- 戦のない平和な時代が続いたこと
- 生活に余裕が生まれたこと
によって、年中行事そのものが「楽しむ文化」へと変化していきます。
ひな祭りもその一つでした。
大奥で洗練された「雛遊び」

大奥では、
- 将軍家の娘
- 大名家から入った女性たち
のために、雛人形がとても大切に扱われました。
ここで雛人形は、
- 祓いの道具
- 流すもの
ではなく、
👉 格式と美意識を表す存在
へと変わっていきます。
衣装は豪華になり、顔立ちは整えられ、雛道具も細かく作られるようになりました。
庶民へ広がる雛人形ブーム
やがてこの文化は、
- 武家
- 町人
- 商家
へと広がっていきます。
江戸・京・大坂といった都市部では、
- 雛人形を持つこと
- 立派に飾ること
ここから、
- 立ち雛
- 座り雛
- 段飾り
といった形式が発展していきます。

※この図は、雛人形の形式が時代とともに変化してきた流れを示したイメージです。
立ち雛はもっとも古い形式、座り雛は江戸時代に定着し、段飾りは江戸後期に発展しました。
華美になりすぎた雛人形文化
- 金箔を多用した衣装
- 大型化する段飾り
- 高価な雛道具
雛人形は、もはや一種の 贅沢品 となっていました。
幕府による奢侈禁止令
雛人形も、衣服や調度品、年中行事の装飾と同じく、規制の対象のひとつ とされ、
- 過度な装飾
- 金銀の使用
- 必要以上に大きな飾り
などが、控えるよう求められた記録が残っています。
つまり江戸時代には、暮らし全体の華美さを見直す流れの中で、雛人形も例外ではなかったのです。
それでも雛人形は廃れなかった
ここが、とても興味深いところ。
理由は明確です。
- 子どもの成長を願う気持ち
- 節句を大切にする心
が、暮らしの中に根づいていたから。
結果として雛人形は、
- より工夫された形
- 規制の中での美意識
を発展させていきます。
「流す祈り」から「留める祈り」へ
江戸時代の雛人形文化は、
- 祓いの人形
から - 鑑賞・祝福の人形
へと、大きく性格を変えました。
これは、
- 厄を外に流す
から - 幸せを家に留める
という、祈りの向きが変わった ことを意味します。
現代の雛人形につながる江戸の美意識
今、私たちが目にする
- 段飾り
- 衣装雛
- ケース飾り
は、すべて江戸時代に確立された流れの延長線上にあります。
一方で、
現代では
- コンパクト
- くすみカラー
- シンプルな佇まい
の雛人形も選ばれるようになりました。
これは、
江戸の「華美」から一歩引き、もう一度、雛人形の本質に立ち返ろうとする動き
とも言えるかもしれません。
まとめ|江戸時代は「雛人形の転換期」
江戸時代の雛人形は、
- 大奥で洗練され
- 庶民へ広がり
- 華美になりすぎ
- 規制され
- それでも残った
という、とても人間らしい歴史をたどっています。
紙雛・草雛の静かな祈りの文化と、
江戸時代の華やかに祝う文化。
どちらが正しい、ではなく、どちらも私たちの暮らしの延長線上にあります。
今、雛人形を選ぶという行為は、
その長い歴史の中から、自分の暮らしに合う形を選び取ること
なのかもしれません。
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