こんにちは、和花人のMIHOです。
春の気配を感じ始めるころ、ふと「桃の節句」という言葉が浮かんできます。
ひな人形を飾る日。
女の子のお祝いの日。
そう思っている方も多いかもしれません。
今日は、桃の節句の由来と意味を、花と庭を大切にしてきた日本の暮らしの目線から、少し丁寧にお話ししてみたいと思います。
桃の節句とは?いつ・何をする日?

現在は、
- ひな人形を飾る
- 白酒や甘酒をいただく
- 女の子の健やかな成長を願う
そんな行事として知られていますね。
けれど、その始まりは、お祝いというより「整える日」でした。
桃の節句は「春を迎えるための厄払い」から始まった
昔の人にとって、季節の変わり目は、体調も心も揺らぎやすい時期。
特に春は、
- 冬の疲れが出やすい
- 病や不調が起きやすい
そんな季節でした。
これが、桃の節句の原型です。
もともとは中国で行われていた「上巳節」という行事が、日本に伝わったものとされています。
この点については、
▼ 「桃の節句と中国との関係性(酒や桃の木)」の記事で、もう少し詳しくお話ししますね。
なぜ「桃」なの?桜ではなく、梅でもなく

ここ、花屋・庭目線で見ると、とても興味深いところです。
桃は古くから、
- 邪気を祓う
- 生命力が強い
- 再生や成長の象徴
とされてきた植物。
実際、桃の木はとても丈夫で、剪定してもよく芽吹き、花から実へと、命の流れがはっきり見える植物です。
桜のように一斉に華やかではなく、梅のように凛としすぎない。
やわらかく、これから育っていく存在を思わせる。
だからこそ、「子どもの成長を願う花」として、桃が選ばれてきたのかもしれません。
桃の節句と「庭」の深いつながり

今では、お店でひな人形を買い、室内に飾るのが当たり前になっていますが、
- 庭で草を摘み
- 紙や草で人形を作り
- 水辺へ運ぶ
そんな風景が、各地にあったのです。
庭は、ただ植物を育てる場所ではなく、季節を迎える準備をする場所でもありました。
雛人形は、最初から「飾るもの」ではなかった
今の雛人形は、大切に保管し、毎年飾る存在。
けれど、古くは、
- 紙で作った人形
- 草で作った人形
に、穢れや厄を託し、川に流していたのが始まりです。
「身代わり」としての人形。
この考え方を知ると、雛人形の見え方が、少し変わってきます。
なぜ毎年飾るのか?
なぜ女の子の行事なのか?
その答えも、次の記事で丁寧にお話ししますね。
このあたりの話は、
▼ 「雛人形の由来|紙雛・草雛と流し雛」の記事で、詳しく掘り下げていきます。

やがて時代が進み、室町時代から江戸時代にかけて、雛人形は「流して祓う存在」から「家の中に飾り、守り願う存在」へと姿を変えていきます。
とくに江戸時代には、大奥を起点として、雛人形は華やかで装飾的な文化として発展しました。
▼ 江戸時代の雛人形とは?大奥から広がった華美なひな祭り文化

桃の節句が、静かな厄払いの行事から「祝う節句」へと変化していった背景には、こうした時代ごとの暮らしの変化も影響しています。
桃の節句は「派手なお祝い」ではなく「整える時間」
桃の節句というと、
- 華やか
- かわいい
- にぎやか
そんなイメージを持たれがちですが、本質はとても静かです。
- 季節の変わり目に立ち止まる
- 家と心を整える
- これからを無事に迎える準備をする
それが、桃の節句。
庭の花を一輪飾るだけでもいい。
小さな雛飾りを出すだけでもいい。
大切なのは、「迎える気持ち」なのだと思います。
雛人形と並ぶ、もう一つの縁起物「羽子板」
桃の節句と同じように、女の子の成長を願う縁起物として羽子板があります。
羽子板は、
- 厄を跳ね返す
- 無病息災を願う
という意味を持つもの。
羽根の玉には、「無患子(病を患わない)」という意味を持つムクロジの種が使われていました。
この羽子板については、
▼「羽子板の由来と意味|ムクロジに込められた祈り」の記事で、改めて詳しくご紹介します。

今どきの桃の節句|形は変わっても、本質は同じ
現代の暮らしでは、
- コンパクトな雛人形
- インテリアになじむデザイン
- 花をモチーフにした羽子板
そんな形に、受け継がれています。
流さなくなった。
飾るようになった。
でも、
「守る」「整える」「願う」
その本質は、何も変わっていません。
まとめ|桃の節句は、春を迎えるための行事
桃の節句は、
- 女の子のためだけの行事ではなく
- 華やかさを競うものでもなく
春を迎えるための、静かな節目。
庭の花に目を向け、暮らしの中に、ほんの少し季節を取り入れる。
それだけで、もう十分「桃の節句」です。

